当院の特色

COPD(特に肺気腫症)の臨床


一般財団法人慈山会医学研究所付属坪井病院
理事長 坪井永保

みなさんは「肺の生活習慣病」と呼ばれているCOPDという病気を知っていますか?
「なんか最近、新聞やテレビで見るけど。」
「どんな病気なの?」
そういった疑問にお答えします。

このページの内容


1.COPDとは?

COPDとは?

 COPDはChronic Obstructive Pulmonary Diseaseの頭文字をとったもので、日本語で「慢性閉塞性肺疾患」とよびます。COPDは、従来からあった病気の「肺気腫症」と「慢性気管支炎」を併せた病名です。気管支や肺胞など、肺の組織に慢性的な炎症が起きて、たん、気管支のむくみ、肺胞の破壊が起こる病気で、その原因の90%以上はたばこです。
 喫煙という生活習慣によって起きる病気なので、「肺の生活習慣病」と呼ばれています。
 また、我が国ではほとんどが「肺気腫」ないし「肺気腫症」がほとんどを占めるため、このページでは肺気腫について解説します。

【COPDの定義】

 「タバコ煙を主とする有害物質を長期に吸入曝露することで生じた肺の炎症性疾患である。呼吸機能検査で正常に復すことのない気流閉塞を示す。気流閉塞は末梢気道病変と気腫性病変が様々な割合で複合的に作用することにより起こり、進行性である。臨床的には徐々に生じる体動時の呼吸困難や慢性の咳、痰を特徴とする。」
 日本呼吸器学会編集 COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と治療のためのガイドライン第3版より引用

 簡単に申しますと「たばこの煙の有害物質によって肺が壊れる、溶ける病気です。ゆっくりと進行し、症状が出る頃には肺の壊れが進行していることが多いのです。一度壊れた肺は残念ながら修復しません。」という非常に怖い病気です。

COPDにおける気流制限のメカニズム たばこを吸っていない人と吸った人の肺
推計患者数と治療患者数
COPD死亡順位の推移(1990-2020) ※画像をクリックすると拡大画像が表示されます。
【人間の肺とCOPD】

 人間の肺は肺胞(はいほう)と呼ばれる非常に小さなブドウの房のようなものが無数に集まってできている臓器です。COPDは、喫煙により肺胞が壊されてブドウの房が癒合して大きな袋になってしまう状態です。一度肺胞が壊れると残念ながら元にもどらなくなってしまいます。
 肺がふくらんだ状態で正常の肺に比べて膨脹したままになってしまうことを「過膨脹」といい、COPDの特徴的な所見です。過膨脹になってしまうと横隔膜が押し下げられた状態になり呼吸がうまくいかなくなります。胸部X線写真では、正常人に比べ横隔膜が平らになり、横から見ると「釣り鐘型」をした形になります。


2.COPDの診断

喘息と肺気腫症の鑑別ポイント

 COPDの診断は、胸部レントゲン写真、胸部CTスキャン、呼吸機能検査などによって行われます。ちなみにCOPDと自覚症状がよく似ている病気に「喘息」があります。
 喘息とCOPDを区別するポイントは、年齢、症状の性質、レントゲン画像などで、年齢はCOPDの患者さんの方が喘息の患者さんに比べて高齢であり、症状は、COPDが労作時呼吸困難が特徴的であるのに対して喘息は深夜早朝の発作性喘鳴が特徴的です。
 レントゲン所見は、喘息ではしばしば正常であるのに対しCOPDは過膨脹所見がみられます。また呼吸機能検査では両疾患とも一秒量、一秒率の低下が特徴ですが、喘息では気管支拡張剤の吸入により改善することが特徴です(表 )。

3.COPDの治療

 COPDの治療は、まず第一に禁煙です。次にくすりによる治療、在宅酸素療法、呼吸リハビリテーションなどがあります。今回は、COPDの患者さんに使われるくすりと呼吸リハビリテーションを中心に解説します。

●内科的治療

●外科的治療


【ガイドラインに基づいた治療】

 近年、様々な病気の診断・治療に関するガイドラインが発表されています。COPDについても「日本呼吸器学会」が作成した診断と治療のためのガイドラインがあります。現在用いられているのはその第3版です。来春(平成25年春)に改定される予定です。
 ガイドラインの中ではCOPDをT期からW期にわけて治療法が述べられています。COPDの患者さんに使われるクスリは気管支を拡げるくすりすなわち「気管支拡張薬」が主体となります。


【COPDのくすり】
1.抗コリン薬

 私たちの体には副交感神経のなかで迷走神経という神経があり、この神経末端から出されるアセチルコリンいう物質は、気管支を収縮させる働きを持っています。このアセチルコリンの働きを抑制するくすりが抗コリン薬です。抗コリン薬は太い気管支に作用して拡張させます。効果として呼吸機能検査での一秒量、努力肺活量の増加、残気量の低下があります。その結果動いた時の息切れが軽くなり、生活の質(QOL)が改善します。
 抗コリン薬は吸入薬の形で用います。1日3〜4回吸入する短時間型と1日1回吸入の長時間型があります。現在は長時間型が一般的です。

2.β2刺激薬

 交感神経のβ2受容体に作用して気管支を拡張させます。この時拡張するのは気管支の細い部分です。したがって、先に述べた抗コリン薬と併用するとより効果的です。
β2刺激薬にも短時間作用型と長時間作用型があり、剤型も吸入薬、内服薬のほかに皮膚に貼るタイプの貼付薬もあります。まず、吸入薬からお話しします。

3.キサンチン誘導体

 抗コリン薬、β2刺激薬と同様に気管支を広げ、空気の通りをよくして呼吸を楽にする薬です。気管支を広げるためには気管支の壁の筋肉「気管支平滑筋」をリラックスさせることが必要であり、キサンチン誘導体は気管支平滑筋の細胞に直接働いてリラックスさせます。
 キサンチン誘導体には、アミノフィリン(ネオフィリン)、コリンテオフィリン(テオコリン)、テオフィリン(テオドール、テオロング)、ジプロフィリン(アストフィリン)、プロキシフィリン(モノフィリン)などがあります。副作用としては、食欲不振、吐き気などの消化器症状、動悸、頻脈、などでありますが、過量になった場合、痙攣といった命に関わりかねない副作用が出現しますので、医師から指示された量をきちんと守って服用して下さい。

4.ステロイド薬

 COPDの患者さんにステロイド薬を用いる場合は、内服、点滴、吸入薬で用いる方法があります。増悪時には内服や点滴で用いる場合が多いです。
 安定期の管理には吸入ステロイド薬を用います。プロピオン酸フルチカゾン(フルタイド)、ブデソニド(パルミコート)などがあり、薬剤の形にはディスカス、ロタディスク、タービュヘイラーなどがあります。
 COPDの患者さんに対する吸入ステロイド薬はぜんそくの患者さんほどの効果はありません。しかし、個々で効き目の出方が違うので主治医の判断で長期間使用するかどうか判断することになります。先にお話ししたガイドラインでは「重症」以上で急性増悪を繰り返す人に使用するとされています。また、β2刺激薬と併用すると呼吸機能、QOLの改善がより良好になると報告されています。使用法は1日2回、朝と夜に吸入します。副作用は嗄声、口内炎などですが、いずれも軽微です。

5.去痰薬

 去痰薬は、喀痰の粘りけが強いような時に補助的に用います。カルボシステイン(ムコダイン)、塩酸アンブロキソール(ムコソルバン)、塩酸ブロムヘキシン(ビソルボン)などを用います。

 以上COPDの患者さんの長期管理に用いるくすりについてご紹介しました。すぐに効果が出ない場合もあります。そのような時はすぐにやめたりせず主治医の先生とよく相談しましょう。


【呼吸リハビリテーション】

 呼吸リハビリテーションについてお話しします。慢性呼吸器疾患の中でCOPDは呼吸リハビリテーションのよい適応になります。呼吸リハビリテーションの目的は肺疾患の進展の阻止、残された呼吸機能の効果的な活用。衰えた体力と気力の改善と向上。家庭生活、社会生活への復帰とその持続にあります。

T.肺理学療法のスタッフの構成

 肺理学療法は、対象となる患者さんを中心に、医師、理学療法士・作業療法士、呼吸療法士、看護師、薬剤師、栄養士、ケースワーカーなどで構成されるチームにより進められます。その中で、医師は全体の立案、指示および総合的な評価を行います。理学療法士は、理学療法の指導、実施にあたります。呼吸療法士は、吸入療法、運動療法の指導などを担当、看護師は病床での肺理学療法の介助および実施にあたります。薬剤師は服薬や吸入の指導に当たります。現在COPDは全身疾患とされており、栄養士の役割も重要です。ケースワーカーは、患者さんの社会復帰に際して、職場との調整、福祉問題の援助および指導を行います。

呼吸リハビリテーションの構成委員 坪井病院呼吸リハビリテーションスタッフ
坪井病院リハビリテーションセンター
U.呼吸練習

 腹式呼吸訓練が主体となる。基本的な手技を次に示します。
呼吸練習 @全身の筋肉の弛緩
 全身の筋肉の力を抜き、リラックスさせます。特に呼吸障害のある患者さんは、胸や肩の筋肉の緊張が強い患者さんが多く、肩の力を十分抜くようにします。具体的には、仰臥位で頭に小さい枕を当て、さらに膝の下にクッションなどを当てて、膝を軽く曲げた姿勢をとります。
A腹式呼吸
 全身の筋肉が弛緩した状態で腹式呼吸を開始します。はじめは背臥位から開始します。まず、胸部と腹部の動きを感じとるため片手を胸に、もう一方の手を腹の上に軽くのせ、胸部はあまり動かないように注意しながら、息を吸うときは腹が膨らみ、吐くと きは腹がへこむようにします。呼気時には口すぼめ呼吸を行い、呼気時の気道閉塞を防ぎます。腹の上に砂袋などの重量物(1〜2kg)をのせて腹式呼吸をすると行いやすいです。同じ要領で次は側臥位、座位、立位の練習へと進め、座位、立位での腹式呼吸が出来るようになったら歩行時、階段昇降時の練習へと進みます。

V.呼吸筋訓練
Threshold訓練器

 呼吸筋訓練は吸気筋訓練が主体であり、ThresholdTM訓練器を用います。この訓練器は吸気孔の一方弁をスプリングで押しつけることにより吸気抵抗が発生する器具であり、スプリングの強さを定量的に調節する事が可能です。
 呼吸筋力を評価する指標として呼吸筋の強さと耐久力が用いられるます。一般に、強さの測定には最大口腔圧(PImax,PEmax)が用いられ、また耐久力の指標としては、最大持続吸気圧:sustainable inspiratory pressure(SIP)が用いられます。吸気筋訓練の長期効果の結果では、呼吸筋の強さ、耐久力とも増加します。また6分間歩行試験の歩行距離も延長します。

W.運動療法
エアロバイクによる下枝運動療法

 運動療法は歩行、サイクルエルゴメーター、トレッドミルなど様々な方法を用いて行われます。肺気腫症の患者さんの多くは運動耐容能が限られているので、トレーニング実施中は持久力を高めることに重点を置きます。そうすることにより、患者さんは限られた身体条件の範囲内で、より効率的に身体を動かせるようになるのです。
 当院において私たちは腹式呼吸、上肢・下肢の運動訓練、吸気筋訓練を肺気腫症の患者さんについて行っています。坪井病院での呼吸リハビリテーションのプロトコールは次のようなものです。開始後直ちに腹式呼吸訓練ならびに呼吸体操、鉄アレイなどによる上肢訓練、病棟廊下を用いた歩行訓練を開始します。ただし、患者さんの状態によっては全部行うことが出来ない場合もありますので、その際は可能な限り、効果が出るように患者さん個々にメニューを作成しています。
 吸気筋訓練器具ThresholdTMを用いて、1回15分、1日2回の吸気筋訓練を開始します。また漸増運動負荷試験を行い、最大負荷量の60%の運動量でサイクルエルゴメーターによる下肢運動訓練を1回10分1日2回、開始します。このリハビリテーションにより、患者さんの呼吸筋力の改善、持久力、生活の質の改善がみられます。

【肺気腫症の容量減少手術療法】

 続いて、肺気腫症の外科療法についてお話しします。近年、容量減少手術療法という手術が一部の肺気腫症に行われ、呼吸困難の改善などが期待されています。術前に十分な検査と、リハビリテーションを行い、肺の中で特に壊れが強い部分を取り除きます。これにより過膨脹が減少し、横隔膜の動きが改善され呼吸が楽になります。しかし、この手術療法はすべての肺気腫症患者さんに適応になるわけではありませんので、主治医の先生と十分相談してください。


4.合併症の予防・特にインフルエンザ

 最後に、合併症の予防ということで、風邪・インフルエンザについてお話しします。
 かぜ症候群は、様々な病型がありインフルエンザもその中に含まれます。原因はウイルスで、咳、くしゃみ、鼻水などにより人から人にうつります。
 鼻風邪と呼ばれる普通感冒とインフルエンザは全く違う病気で、肺気腫の患者さんなど慢性の呼吸器疾患をお持ちの方はインフルエンザにかかると重症になり、時に肺炎を合併し命に関わることもあります。予防接種が可能な方はシーズン前にワクチンの接種をお勧めします。